海外ドラマ的な友好関係に憧れる
海外ドラマの人間関係って、見ていて清々しい。
疑問やひっかかったことがあると、必ずそれが表面化されて、相手に伝わるか伝えるシーンが出てくる。
「さっきの言葉ってどういう意味?」
「こう思ってるって意味だよ」
たとえこれが喧嘩調でも
どちらか一方がぐっと飲み込んでそのままということはない。そこがいいなあと思う。
日本人的な友好関係って、私の私見だとこうはいかない。
「これって、おかしくない?納得いかない!」
と思うことがあっても、
飲み込んでモヤモヤしたまま友好関係を続ける人が多いと思う
もしくは、特に何がひっかかったなど伝えずに疎遠になっていく
私もこれまで、このスタンスで友好関係は流動的なものと思い流れのままに生きてきた。
価値観が変わってしまったら、話も合わなくなるから、疎遠になるのはある程度仕方ないと思う。わたしも「あれっ、なんか、話が深く入れないな」と思うと今は違うフェーズにいると悟って距離を置いたりする。
別にこれは気にさわったからとかではなく、普通に喋っててあまりお互いにとっていい機会にならないからだ。
だが、自分とのフェーズが似かよっていて価値観を共有できる相手であるなら
フェードアウトして疎遠になるよりも
「これ、傷ついたんだよね」
と、まず伝えてみて
「そんなつもりはなかったんだよ。ごめんね」
と相手の誠意や真意を確認できれば
もうなんとだってないのだから
海外ドラマの人間関係は大抵つっかかりがあると、お互いの心の内をシェアしあって
それでお互いが納得すればまた一層絆が強まるし
それでもダメならお互いにある程度納得の上決裂する
見ていて気持ちいいなーと思った。
私がこれをするには、持っている性質的に難しいとも思うが、ただただかっこいいなーと、憧れる。
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最近、自分が「No」と伝えたり、嫌なことを言語化して伝えるという機会が増えてるように感じる。というか、自分がグッとこらえたものはどこかで表面化するようになってきているように感じる。つまり、出さないと気がすまなくなってきている。なかったことにして奥底に追いやると、じわじわと残るのだ。取れないカビのように。
人生の大先輩(年齢的に)の方が、「結局友人で長く続くのは本音(お互いのためを思えば、嫌なこと含む)話せる関係性だけ。というかそういう人しか最終的に残らない。」と言っていた。
最近その真髄が少し分かってきたように思う。
まあ、嫌なこととか全く感じたことない相手もいるし、常に快適な友人もいるので、全てに当てはまるわけではないと思うが…
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人生の大先輩のお言葉②
「嫌なこと言ってくれる人は、本当に大事にしたほうがいいよ」
これも、実際言われてる瞬間は「なんでそんなこと言うの!」と思うのだけど、振り帰ると
「あの時ああ言ってくれてたのは私への誠意だな」と感じたりする。言いにくいこと私のために言ってくれてありがとうと。(相手にとってしんどいことを言う方も、なかなかしんどいからね…)
大切な人には、誠意をつくしてゆきたいと思うこの頃です。